これもまた不都合な真実
2009.10.26 Mon
新聞に夫婦別姓に関しての議論が載っていた。その中にこんな一文を見つけた。「江戸時代までは夫婦別姓だった」
これを書いた人は、反対派が伝統の崩壊を理由にしている事に対して夫婦同姓が常識となったのは明治以降であり云々と反論している。これ見て皆さんどう思うんでしょうね。実はこれ、間違っていないとも言えるし、決定的に間違っているとも言えてしまうのです。
この人と逆の立場の人の記事もありました。そこにはこんな事が書いてありました。
「氏はどの家庭に属しているかを現しており、姓は血縁の祖先を示している」
これは100%間違っています。
ちゃんと説明したいと思います。
<氏と姓、苗字>
氏と言うのは歴史の教科書にも出てくる藤原氏、源氏、平氏、豊臣氏、橘氏といったもので天皇より下賜されるものです。特に格が高いのが源氏でこれは臣席降下して天皇の臣となる事となった親王に与えられたものです。そしてこの氏が血族を現しています。なので昔から結婚しても養子に出てもこれは変わりません。姓は氏とセットみたいなものなので省きます。ちなみに女性は政などに関わらなかった為に氏名はありませんでした。朝廷で天皇謁見する時、古来からの公式様文書には名字でなく氏名を書かなくてはいけません。公式の場では氏が必要だったんですね。
苗字は自称となります。徳川、羽柴、織田、前田、真田、これらは全部自称です。結婚すると変わります。養子に出ても変わります。徳川将軍家、島津家、織田家という感じで家を現します。
家康を例に挙げると、徳川が苗字なんですけど氏は源ですね。江戸時代になると氏を勝手にコロコロ変える人がいたのでアレなんですけどね。
元々、氏を持たない立場であった女性は結婚しても当然氏はありませんでした。しかし、所属する家が変わるので苗字は嫁ぎ先の名字となります。姓は氏とセットなので当然姓も女性は持ちません。つまりこれは夫婦同苗字制度と言うわけです。これが江戸時代までです。ただし、これは武士や公家の話で町人や農民は基本的に氏も姓も苗字も許されていなかったので9割以上の人には全く関係のない話です。例外として一部の農民や町人は苗字を持っていましたが、これは武家や公家に準じます。
明治には氏と苗字が別であるのは不便であるとして氏と名字の統合が行われ、同時に武士公家以外の人々も苗字を名乗る事が許されました。全ての女性が名字を持ち、結婚すれば嫁ぎ先の名字となります。つまり、制度としては江戸時代と何ら変化はありません。
<江戸時代までは夫婦別姓だった>
先程、この言葉は正しくもあり間違いでもあると言いました。現在、姓と言う言葉をイコール苗字として捉えるのが普通なので夫婦で別々の苗字を名乗っていたと考えれば間違っている事になります。しかし、これを書いた人は「江戸時代以前は夫婦で別々の氏を名乗っていた」と言う意味でこう書いています。女性が氏を持たなかったとはいえ、氏が直系の血族を示すという点であり実質的にはその氏族であったのですから、そう思えば間違っていないのです。ただ、この人は当時の女性が公式には氏を持たなかったという事実を知らなかったのが悲しいところですね。
ちなみにこの人、多分江戸時代以前の夫婦が同じ苗字だと知ってると思います。全部承知の上でわざわざ氏の理論を持ち出してきてるんですね。氏と姓はセットと書いたように違いが分かっている人が氏=姓と言い換えて用いる事も少なく無いです。新聞の記事が「夫婦別姓」ではなく「夫婦別苗字」と書いていればこうやって不都合な部分を隠してた上で、事実をねじ曲げて使う事もなかったんでしょうけどね。





